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2018年4月7日

見たものを写真化する意味

昨日の開花祭では、拙著「花の楽しみ、育て方、飾り方」の本をベースに、私が、今一番に向きあっている考え方を、みなさまに聞いていただきました。

 

花の存在は嬉しいものですが、その育て方の大切さと同じくらいに、花を美しく見せる飾り方のノウハウも大切。

同じように、飾り方は、眺め方でもあり、「見る目」。それが「アングルの美しい写真」へと繋がる。いいだしたら光の捉え方、そのあとは、プロのカメラマンの領域だと思うので、スマホで撮れる写真ならここを満たすといいかも。

だから、iPhoneやmacのパソコン映像クオリティに助けられていますが。ほかのメーカーのは考えられない。

今月中がいいか、来月にしようか、迷うのが、iPhoneXへの切り替え。今は7+ですが。話が脱線。

 

昨日のトークショウにおいでくださった方から素敵な意見をいただきました。

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いつも思いますが、写真に残すことによって、その時の自分が反芻出来ます。楽しかったことは、より楽しさが倍増。先生もおっしゃってましたが、実際の景色の中にはたくさんのモノや人がいるけど、写真はその瞬間が切り取られ、そこだけにスポットがあたる、あるのに気づかないことや、気づけなかったことを垣間見させてくれます。

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ありがとうございました。

 

まさにそうですね!自分がそのどこを切り取ったかということにも意味があって。絵を描くには時間がかかりますが、アングルはほんの数秒。

 

それを直感的に捉える習慣、おそらく何十年と鍛えてきた習慣ですが、ご飯会仲間の編集者、Y子さんはカメラマン以上に鋭い視点でアングルを捉えるので、いつもびっくりします。ご飯の写真、何度かご一緒した海外ロケなど、どう考えても私よりいい絵を撮る。あらま!もっと挑まないと、と思わされるのです。

この瞬間のこと。去年の夏のイギリス、コッツウォルドにて、日差しが強すぎて写真にならないほどでしたが、このシャドウが妙にきりりと美しく。

写真を見るとこのときの印象を思い出します。でも、撮らなかった忘れてますね。

 

また、写真を撮らなかった瞬間のことを、目で捉え、記憶できたらそれはそれで素晴らしいのですが、もう、この年になると、なんだか、忘れちゃうのよねぇ。

だから、写真はやっぱり、ここ100年、写真の歴史始まって以来、従来の人類が受け止めていた以上に、手軽になった分、一層、重要なファクターになっているような気がします。そのことに気づいて意図的に写真に向き合う、みたいなこと。

ところで、今年の夏には、Shade の庭いん植えたスティパ・ギガンティア。

このダブ・コテージのように見事な穂が上がるといいけれど。

どうかなあ。

 

さて、次回のワークショプでは、布を集めた手作りをしますが、定員8名様ですので写真も撮りつつ、綺麗だと思ったものを写真に収めるワークショップにもしたいと思います。

と、いうのも、揃える布が全てワンセットづつなので、手に入らなかったセットは写真に撮ってコレクションするのもありだと思って、そのつもりで素敵なセットを作りますねー。